感情を克服し、過ちに対峙する

ジョイス・マイヤー

感情を克服し、過ちに対峙する

ジョイス・マイヤー

私たち夫婦には、8歳になる孫娘がいますが、彼女は私と似ていて「議論好き」な性格をしています。それで彼女の両親にとっては、彼女の議論好きな性格が良い方向に働くようにどのように育てていけるかが一つの課題となっています。孫娘の母である私の娘は、いつも私に孫娘の振る舞いについてメールで知らせてきます。ある朝、娘が孫娘と家庭でうまくいかないことがあり、孫娘に「失礼な態度を取らないでちょうだい」と命じたところ、孫娘から「その前にママが私を怒らせないようにする必要があるんじゃない?」と反論されたそうです。

面白いことに、孫娘はその日学校で「自制」について学んできたそうです。そのため孫娘は私の娘に「ママはみんなの抱えている問題が何だかわかる?それは『口』の問題なのよ」と言ったそうです。娘はそれまで自分の「口」の問題について注意しなければならないととりわけ考えたことはありませんでした。

今となっては、8歳の孫娘がそのようなことを話したことは笑い話となっていますが、私たちが本当に自分自身に正直になるのであれば、私たち自身にも、私たちの身の振る舞い方の問題で考慮しなければならないことがあるのではないでしょうか。

自分の行動一覧表を作る

自分の振る舞いを考慮する最も賢いやり方のひとつとして、自分の行動について定期的に一覧表に記録するというやり方があると思います。たとえば、自分の思い通りにならないことが起こった時、どんな振る舞いをしますか?あるいは他の誰かに自分の欲しいと思っていたものを奪われた時、どのように感じますか?または誰かがあなたの振る舞いを正そうと試みたとき、あなたはその人に対してどのような感情を抱くでしょうか?

聖書では「さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです(ヤコブ1・2~3)」と書かれています。しかし実際問題として上記のようなことが自分自身に生じたとき、我慢ならない気持ちに駆られたり、嫉妬や怒りの感情を持ってしまうのではないでしょうか。

しかし私たちクリスチャンは聖霊の力によって、このような私たち自身に降りかかる様々な感情を超えて生きて行くために必要な糧を得たのです。クリスチャンであればおわかりでしょうが、私たちは新たに生まれたのです。神様が私たちに愛、平和、忍耐、自制など聖霊によるすべての実を与えてくださいました。私たちに必要なのはこれらの実をどのように使うか学ぶことだけなのです。

間違いに対する責任を取る

創世記3章で、イブは禁断の木の実を食べることで自分が賢くなると考えました。3章6節では「女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた」とあります。

このとき、アダムは神様に命じられた通りに振る舞い、イブの誘いを断ることもできたのです。そうであるにもかかわらず、アダムは実を取って食べてしまいました。その後神様が現れ、あらゆることの追求が始まりました。

12節でアダムは「あなたが私のそばに置かれたこの女が、あの木から取って私にくれたので、私は食べたのです」と言いました。13節には「そこで、神である主は女に仰せられた。『あなたは、いったいなんということをしたのか。』女は答えた。『蛇が私を惑わしたのです。それで私は食べたのです』」と書かれてあります。

二人とも自分の振る舞いに対する責任を進んで取ろうとしませんでした。

神様が私たちに期待する全てのこととは

率直な意見として、私は自分自身の失敗や間違いを素直に認めることのできる人には好感が持てます。そうではないでしょうか?またそうすることによって、他者を赦し、先に進むことも非常に簡単になるのです。

神様にとっても同じことが言えます。私たちがなにか失敗や間違いを犯したとき、神様が私たちに願うのは、その責任を取って正直に告白することなのです。私たちがまず誠実に接する必要がある相手は、私たち自身なのです。

私は、神様と共にいる時間の一部は私自身と向かい合うことに使っています。私が本当の意味で自由になるために、私の思いや行いについて一覧表を作っています。このような重い重荷をこれ以上背負いたくないからこそこのようにするのです。私たちは、「どんなに私は簡単に怒りやすいのだろうか?」「どれだけの時間を実際御言葉を読む時間に費やしているのだろうか?」「どれだけの時間を他人を喜ばせることに使えているのだろうか?」と自問自答してみる必要があります。

実際私の振る舞いを変化させることで、私の人生はとても良い人生となり、神様がたくさんの方法で私を祝福してくださるドアを開けることにつながりました。この文章を読んでいただいているあなたにも、神様の御言葉をあなたの生き方そのものに当てはめてみてくださることをお勧めします。そうされることで、あなた自身が祝福されるからです。

あなたが悪い感情に捉われているとき、神様はあなたのその悪い感情を神様の前から隠したり、そのような感情はないかのように振る舞ったりしてほしいとは思ってはおられません。そして神様はその感情の責任を誰かに押し付けることもしてほしいと思ってはおられません。ただ真実に立ち向かい、神様にあなたがその悪い感情を克服し、前に進めるように助けていただくように願うことを求めておられるお方なのです。

 

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