ですから、自分の行動によくよく注意しなさい。今は困難な時代です。愚か者にならないで、賢くなりなさい。あらゆる機会を十分に生かして、正しい行いをしなさい。 -エペソ人への手紙5章15節(リビング訳)

以前、私がストレス疲れのような、燃え尽きてしまったような、もう嫌になってしまったような感じになってしまった理由の一つは、“NO”の言い方を知らなかったからです。自分の目の前にくる全てのミニストリーの機会を逃したくないと思っていましたが、それは不可能でした。私たちは周りの人の期待や要望、もしくは自分自身の期待や要望に振り回されるのではなく、神様の霊に導かれることを学ぶ必要があります。よくあるのですが、人々が「あなたが私たちの教会/カンファレンスにスピーカーとして来ることを神様に示されたよ。」と私に言ってくることがあります。もしNOと言ってしまったら、彼らが神様から聞いていないと言っているも同然だ..と考え、そのような状況がプレッシャーになってしまっていた時期もありました。

しかし、他の人は私たちのために神様から聞くことはできません。私たち一人一人が神様から”個人的に”言葉を受け取る権利があります。私が気付き始めたことは、どれだけ他の人たちが何を聞いたと思ったとしても、私自身が自分で神様から聞いていないのなら、それには平安を持って対応できないのです。

心は”NO”と叫んでいるのに、口では”YES”と言っていますか?もしそうなら、あなたは最終的にストレスを感じて、燃え尽きて、嫌になってしまうでしょう。そのような状態でずっと進もうとしたら、負荷に耐えきれずに崩れ落ちてしまわないわけがないです。

どれだけたくさんの人たちを喜ばせたとしても、いつも誰か喜ばない人は出てくるのです。全ての人があなたのことを素晴らしいと思っていないとしても人生を楽しむことができるということを学んでください。人から認められることに固執しないでください。もし神様が認めてくれているなら、それこそが重要なのです。

コミットすることはとても良いことです。しかし、コミットしすぎることはとても危険です。自分の限界を知って、必要があるならハッキリと”NO”と伝えることを躊躇しないでください。神様は私たち一人一人に寿命を定めています。いつまで自分たちがこの地上にいるかは正確に知ることはできませんが、この地上で生きている間の年月をフル活用して生きていくことを私たちは心から望むべきです。私たちは”燃え尽きる”のではなく、”燃え上がりたい”のです。疲弊ではなく、情熱と熱心を持って私たちは生きるべきです。そうすれば、周りの人の良い模範になれるはずです。

神様に信頼する:
あなたはコミットしていますか?それとも、コミットしすぎていますか?誰もあなたの代わりに神様の前に立ってあなたの人生の釈明をしてくれません。あなただけがそれをするのです。神様にこう言えるように準備してください。「私はあなたを信頼して、できるベストを尽くして心に従いました。」